日本建築学会農村計画委員会

 東日本大震災に係る復興についての緊急提言にむけて

 

 東日本大震災被災地のすみやかな復旧と復興を願い、日本建築学会農村計画委員会では、拡大本委員会を開催して復興のあり方、方向性について広く意見を集め議論を行って、以下のように復興に係る提言をとりまとめたので報告する。昭和戦前期において、恐慌に端を発した東北地方の疲弊という国家的問題に対し、日本建築学会では集落計画委員会において東北地方農山漁村調査が実施された。近・現代が経験したことのない大規模災害において、以下に述べる緊急提言を裏付け、より的確なものに育て上げていくためにも、今後にわたる綿密かつ多面的な調査研究が不可欠であり、今次の広域被災調査等についても、個別対応ではない、一元的かつ継続的な対応を望む。

 

平成23527日 農村計画委員長 三橋伸夫

 

T.復興理念〜安全・共生・参加

 復興の理念は「安全・共生・参加」である。復興されるべきは人々の生活であり、生活が成り立つ地域社会である。そこでの最優先は、生活そして社会の受け皿である居住地の安全性の確保でなければならない。今次震災による被災の状況を精査し、その成果を安全な居住地の復興に役立てる必要がある。

また、大きな被害を受けた東北地方太平洋沿岸は、海域を含めて豊かな自然に恵まれ、家族・集落・地域社会の共生に基盤を置く、固有の文化に彩られた地域である。こうした豊かな自然と社会を損ねることなく、地域ごとの歴史・文化の継承を図る。それとともに、この震災を契機として、これまでのエネルギー多消費型の都市型ライフスタイル、社会技術システムとは決別した、自然との新たな共生をめざす安全で持続的な共生参加型社会を築かねばならない。

地域の復興とは地域の安全と共生、参加にもとづく「復幸」であり、これを理念として被災地の人々の生活に寄り添い、さまざまな知恵を結集した、無理のない、急がない、息の長い復興をめざすべきである。復興再生の支援が被災地にあまねく行き渡る状況の下で、復興再生の当事者である被災住民の参加と協働が求められている。

 

U.災害予防〜防災・減災

 今次震災は、マグニチュード9.0という巨大な地震によってもたらされた。今後の詳細な災害調査に待つところは多いにせよ、地震動による建物等被害、その後にもたらされた津波、およびそれと連動した原子力発電所での事故が災害を複合的で甚大なものとした。津波災害については、被災状況を精査の上、関係自治体における地域防災計画ならびにハザードマップに反映されるべきである。原子力発電所事故については、現在まだ災害が進行中であるとはいえ、日本各地の原子力発電所の安全対策の根本的見直し、原子力発電所の立地・周辺自治体の地域防災計画の抜本的見直しが行われるべきである。

地域防災計画の見直しに際しては、それぞれの居住地における再度の被災を防ぎ、また、できるだけ被害を減らす手だての検討が求められる。津波災害に関しては、地震発生から襲来までの対応行動の如何が被災状況を大きく左右することから、人間行動の詳細な検証を基礎として、地域条件に応じた避難経路・手段を確保するとともに、緊急時の災害警報システムおよび確実な連絡体制の構築、適切な避難所の設置、さらには長期的な視野にもとづく津波災害学習、継続的な避難訓練、などを実施すべきである。震災を契機として自主防災組織をあまねく立ち上げ、定期的に防災・避難訓練を行う体制づくりが望まれる。

 さらに、津波と原子力発電所事故の他にも、主として沿岸部における地盤の液状化と沈下が被害として深刻である。地盤の液状化については、沿岸部のみならず内陸部でも局所的に起こっており、今後の個々の建築活動はもとより、復興計画、土地利用計画、地域防災計画等において、土地条件に十分配慮する必要がある。

 

V.復興の目標・プロセス〜生活再建

 仮設住宅の建設が遅れ、被災者の避難所生活の長期化が懸念される。これから夏期を迎えるにあたり、避難所での物資配給や衛生状態、土砂災害など生活環境の点検および改善、避難所配置の再点検が行われるべきである。それと同時に、生活再建の観点から、仮設住宅のすみやかな建設が可能な限り旧来の居住地に近い場所に旧来の地域社会の絆を守る形で確保される必要がある。集会所等の共同施設に配慮し、生業やライフスタイルの継続を考慮した自家菜園、簡易な店舗の設置なども検討を要する。仮設住宅等の建設にあたっては、地場産材や被災地域の建設業者の活用により、地域の産業再生や雇用機会の創出に配慮すべきである。また、見なし仮設、借り上げ仮設、自力仮設の認定補助など多様な緊急住宅確保の施策が求められる。

 自宅や事業所の再建を円滑に進めるため、公的資金の低利融資や利子補給、公営住宅の建設などの支援が求められる。遠隔地避難者の従前地での生活再建にあたっては、諸制度の柔軟な運用が望まれる。

 被災地域の多くは震災を機に高齢化がいっそう加速されることが予想される。高齢者世帯の共同居住を促進するほか、高齢社会における保健、医療、福祉に関する新たな仕組みの検討を再建計画に組み込む必要がある。

 

W.復興の目標・プロセス〜地域産業の持続性

 産業の復旧は生活再建、地域復興の最も重要な柱である。産業基盤としての漁港・漁場(養殖場を含む)、農業基盤の復旧・復興は喫緊の課題に位置づけられる。他方、地域の自然を基盤とし、生産活動が同時に地域資源の管理につながる農業ならびに漁業は、新たな人材、生産技術ならびに情報技術を取り入れ、新たな価値を創造する産業として再生を図る好機でもある。

以上の認識にもとづき、以下の事項を提案する。

漁業は、旧来の権利・制度の整序を図りつつ、生産販売出荷体制の広域的一元化についての検討を要する。資源管理型の漁業への転換、緊急融資による漁船等生産手段の取得支援、地域外に開かれた事業後継者の確保を促進させる。農業は、津波浸水地域における農地の除塩、沿岸部はもとより内陸部についても農業基盤施設の復旧を早急に行い、速やかな耕作開始をめざす。一部浸水危険地域では農地の買い上げ等を行う。大規模圃場整備による農業構造の転換は、仙台湾沿岸農村地域にとどめ、三陸沿岸農村では地形を改変することなく文化的景観を継承し、地産地消を基盤とする6次産業化を図る。林業は、復興資材としての木材活用、自然エネルギー利用分野への参入等を契機として、構造転換を図る。

放射能汚染地域については、畜産農家の家畜避難先の早急な確保により事業の継続支援を図るほか、避難先での避難住民による農業生産、加工ならびに販売が可能となるよう、土地確保や資金融資、その他調整など関係自治体・団体の支援が必要である。汚染地域について放射線量のモニタリングを密度高く、継続的に行って、農業生産活動の適否、農産物出荷における安全性表示の仕組みを早急に確立する。

 

X.復興単位〜復興組織

 地震後における避難の呼びかけや避難所での生活、そして復旧活動など、被災地における震災後の生活は、農漁村地域においては集落、自治会単位に秩序だって行われている。復興はこの延長上に描かれるべきであり、人々の生活と生業の継続を重視し、集落や自治会などの地域社会を単位とした復興を考慮する必要がある。

復興の計画づくりは、住民の参画を前提に、その意向を尊重して行われなければならない。それと同時に、行政のみならず専門家、さらには広域レベルのNPOによる情報提供や復興プランの提示など的確な支援が可能となるオープンな計画組織体制が必要である。人口転出や高齢化の状況によって、復興計画づくりに遅滞が生じる地域には、特段の支援体制が求められる。計画づくりをはじめとして復興に係る地域間の連携体制および長期的なボランティア受入体制の維持も考慮すべきである。

 

Y.復興体制〜自治体組織

 今次震災の津波被災地域では、自治体職員の多くが死亡し庁舎が潰滅するなど、自治体機能そのものが失われたところもある。復興体制の手がかりとして、まず行政機能の早急な回復に向けて、国・県ならびに全国規模における自治体連携による被災自治体への支援が必要である。専門家やNPOによる政策形成ならびに政策決定の支援も欠かせない。災害の復旧・復興体制として、国―県―市町村の間の的確な情報伝達と情報共有を図るべきであり、さらに、周辺自治体間あるいは姉妹都市等の遠隔地間の交流・連携関係を強化し、相互支援体制の構築を図るべきである。

 東京電力福島第一原子力発電所の周辺地域(警戒区域、計画的避難区域等)で、行政機能ならびに住民の集団移転が行われた自治体では、将来における従前地での自治体再興を視野に入れ、行政と住民、住民間の継続的な交流機会を維持し、地域アイデンティティの保持と創成が望まれる。国および福島県は、役場庁舎および住民の居住地が複数箇所に分散する自治体の存続について、法制度を含めた支援システムの検討を行うべきである。

 

Z.復興計画〜空間ビジョン

 津波対策の先進地である三陸沿岸地域において、それら備えの多くは無力に近い惨状を示したが、他方で有効に機能した事例もある。津波による被災状況を個別に精査し、海中の津波防波堤および、引き波に対しても強度を保つ地盤と一体化した防潮堤の設置・再建が求められる。漁港の再建も、基幹産業である漁業の復興に直結するため、可能な限り行うべきである。さらに、防波堤・防潮堤・防潮林などを組み合わせた土地利用型の面的な防波対策が必要である。それは同時に、津波ハザードマップと復興土地利用計画との整合を図ることに他ならない。

 次いで、大震災の復興計画において、津波により壊滅的な被害を受けた農漁村地域の再興空間のあり方が大きな焦点になる。津波による被害を根絶するために高所居住が提唱されているが、三陸沿岸地域では急峻な地形により、仙台湾周辺沿岸地域においては低平な地形により、それぞれ適地は限られている。丘陵や山地を大規模に造成することなく、可能な限り自然と調和し、地域景観にも優れた小規模分散の居住ネットワーク形成を提案する。学校、医療・福祉施設、役場庁舎もまた高台への移転が必要である。高所と低地とを結ぶきめ細かな避難路を日常的な動線として確保すべきである。低地にあっては、地域住民の記憶に繋がる場所性の保存に配慮し、居住施設は緑農空間を確保しつつ的確な高さをもつ強固な構造の中高層建物に限定する。

仙台湾周辺沿岸地域では、瓦礫等を域内活用した塚状の高台を造成し、避難場所を兼ねた震災記念公園エリアとする。地盤沈下より海抜以下となった水田地域等、一部地域は国・県、環境保護団体等が買い取って湿地エリアとして野生生物の生息空間として計画的に保全する。平地部の道路は堤防道路とし、浸水の拡大を防ぐ。

生活圏の限定された三陸沿岸地域は、流域圏に即して後背山間地域との中・広域的生活圏のネットワーク化を図り、災害時の相互支援・連携体制を構築する。半島部では尾根道の整備をはかりその中央に集落(浦)群の共益施設を創り、災害時にはヘリポートや物資供給拠点とし沿岸集落の安全を確保する。また、河口部市街地への集中を防ぐため、内陸部集落に機能の一部を分散移転し、中域の交通ネットワークを充実し、これら都市地域の復興を図る。三陸における交通網の完全復旧に加え、これら新規の防災交通通信網を建設する。

 

[.特記〜原子力発電所の放射能汚染事故

 東京電力福島第一原子力発電所の被災による放射能汚染は、わが国における過去のいかなる原子力発電所事故とも比較できない深刻なものである。汚染度の高い地域では津波災害等の復旧自体がほとんど手つかずであり、複数の自治体は行政機能の移転、地域住民の避難などにより、その存続自体が危ぶまれる状況にある。原子力発電所事故の収束が予測不可能であるため、地域社会の復旧・復興そのものが極めて長期にわたる初めて経験するプロセスとなる。

 事故の収束に直接責任をもつ東京電力ならびに原子力安全保安院には、事故の影響地域に生活する住民の生命と健康を守ることを最優先に、事故に係る事態の推移に関して予断のない速やかな情報開示を求める。その前提として、現行の環境基本法と原子力基本法の関係を改め、環境の保全をエネルギー供給に優先させる法体系の見直しに早急に着手すべきである。また、国および福島県は、影響地域における放射線量のモニタリングと住民の放射線被害調査、健康調査を継続的に行い、地域社会の将来の再生に向けて、遠隔避難住民の組織化と避難先での通勤、通学、さらには農業生産等、生活の継続と地域社会の維持に対して最大限の支援を行うべきである。あわせて、事故収束後の復旧復興の中期、長期および超長期に及ぶシナリオを早急に作成し、関係自治体および避難住民に対し復興にむけたビジョン策定の手がかりを提示すべきである。

 放射線の影響により長期にわたって居住を断念せざるを得ない原子力発電所周辺地域では、放射性物質の除染事業を行い、環境再生を図ることと並行して、この震災を契機として新しい持続的エネルギー社会をめざすために、太陽光発電ならびに風力発電等の大規模な自然エネルギープラントの建設を行ってエコエネルギー拠点を形成することを提案する。

 

以上